もっそり投資

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世間一般でいう「勝ち組」であるはずのサラリーマンが、実は自分の意思で生きる道を選択していなかった話

中学生時代から勉強に励み、テストでとにかく良い点数を取って高校への推薦入試の切符を掴む。

高校入学後はひたすら野球部の活動に打ち込んだ結果、期末テストや全国模試の成績が振るわず。大手企業に就職するためにはレベルの高い大学に入るしかないという考えから、泣く泣く2年目後半で退部。

その後受験モードに切り替えて勉強に励んだが、センター試験の結果はいまいち。さらに猛勉強し、二次試験で挽回。何とか某有名大学に入学。

大学在学中に様々な経験をしたものの、気付けば周りと一緒に就職活動を始めていた。就活のマニュアル的なものに従って準備・訓練し、今在籍している大手企業へ就職。


・・たくさんの人たちが同じようなルートを辿っていると思うんです。

部活、受験、就活。そしてその時々で努力し、栄光を勝ち取る。

私は大手企業に入れたことが自分のステータスとなっていて、ここに辿り着くために今まで受験や就職活動等といった困難を乗り越えてきたつもりです。

でも、これって両親に言われた通りに行動していただけ。

世間の"間違っているかもしれない"常識に従っていただけ。

自分の意志で行動してきた訳ではないのでは?ということに気付いたのです。


必ずしも正しいとは言い切れない世間の常識

大企業に入ることがそんなに偉いのか。
大企業に入ったことが本当にステータスなのか。
大企業に入って自分は何か特別なスキルを身につけられたのか。
大企業に入って幸せな人生を送れているのか/送れるのか。

このようなことを考えたときに、今までの自分の考え方や行動がいかに浅はかだったかを痛感したのです。

今まで自分が取ったきた選択と行動は全て大企業に入るため・幸せな生活を手に入れるためだと考えていましたし、逆に同じようなレールを歩む努力をしなかった人間が「年収が低い」等と嘆いている姿を見て「それは自業自得だ」と思っていました。

でも30歳手前になって感じるのは、このレールというか"世間の常識"と呼ばれている考え方が必ずしも正しいとは言い切れないということ。


自分の意志で選択して来なかった人生

今思い返すと、確かに自分の意志で「これがやりたい」と思って今の会社に入った訳ではないです。

年収が良さそうだ、福利厚生がしっかりしている、年功序列だから働き続ければのちに楽ができる、退職金がもらえる。このようなことばかり考えていました。

このような会社に入ればいわゆる「勝ち組」になれると思っていました。


この国が選んだのは資本主義です。

そこには常に競争があり、みんながお互いを蹴り落としながらトップへと上り詰めます。そして栄光を勝ち取った人(=つまり勝ち組)は、トップに立つことで大金を手にすることができます。

私の親はこの仕組みをよく理解していたので、幼い頃から「とにかくお金を稼ぎなさい」「稼げる職業はこれとこれ」「その職業に就くためにはこうしなさい」と、常に口酸っぱくレクチャーしていました。

知らず知らずのうちに洗脳され、自分の意志とは関係のないところで進むべき道なるものがいつの間にか敷かれていたのです。

進むべき道を自分で決めているつもりでしたが、実はそうではなかったのです。自分の意志では何も決めていない。全てが親によって準備されていたかのような、そんな人生だったんだと思います。


自主性を潰す日本の時代遅れな教育システム

一方、そもそも日本の教育システムが「やりたいこと」を芽生えさせない仕組みになっていることが問題だとも感じています。

周りの生徒と同じ格好で通学し、同じことを勉強し、「我慢しなさい」「根性だ」と言われ不得意なことを嫌々やらされて。自分の得意分野や好きなことに没頭する時間がほとんど無い小中高時代を過ごしますよね。

部活動が唯一好きなことに熱中できる時間かもしれませんが、部活動で得たスキルを将来に渡って活かす機会がある人って結構少ないのではないでしょうか。

そして18歳になったタイミングで(早い人は中学生の頃から?)大学と専攻を決めないといけませんが、そんなの簡単に決められるはずがありません。何となく決めてしまいがちではないでしょうか。

今までそういう教育を受けて来なかった訳ですから当たり前です。

やりたいこと?よく分らんわ。
とりあえずマーチ以上かな?
友達と同じ大学に行く。
勉強は嫌だからこの大学でいいや。
大学なんてどこに行っても一緒でしょ?

高校まで散々自主性を潰しておいて、突然自分の進む道を選びなさいと言われても、そりゃ難しい話だと思いますよ。

私は幼い頃から「お金が全てです。そのためには良い高校と大学に入り、証券マンかパイロットになりなさい」と親に言われて育ったので、何も考えていなかった訳ではないですが、完全にレールを敷かれていただけであり、今思うと虚しいです。


常識をぶっ壊し、新たな常識を築く

話は少し逸れますが、「とりあえず大学に行く」という一般常識的な考え方もおかしいと思うのです。

大学に入り、ほとんどの人は勉強よりも友人付き合いやバイトを優先してしまいがち。何のために、何がしたくて大学へ進学するのか。就職面談で話す大学への進学理由は取って付けたようなものでしかなくて、後付けになりがちです。

大学は学びや体験をさらに追及する場所であるべきだと思っています。これを有効に機能させるためには、高校までの教育を抜本的に変えないといけないのでは?と考えています。

周りのみんなと同じことを学ぶのではなく、もう少し個々人の嗜好を追求させ、人それぞれの個性を引き出し、同時に自主性や独立性を磨けるような、そんなことができる現場にすることによって大学が今以上に価値のある場所になると思うのです。


そんなことを思っていたところ、ホリエモンこと堀江貴文氏が今までにない新しいシステムの高校を開講すると明言しました。ゼロ高等学院と名付けられたこの高校は、座学を目的とせず、あくまでも行動を目的とする学校です。

生徒が実際に社会で動いている様々なプロジェクトに参画し、自分のやりたいことを具現化していく取り組みは素敵です。さらにもう1ステップ学びたいと考える人は、それこそ明確なビジョンを持って大学へ進むことになるでしょう。

通うのに必要となる費用がバカ高い(3年間で100万円少々)ので、通えるのは一部の人間でしょうしどう転がるかは分かりませんが、個人的にはとても興味深く、応援したい活動の1つです。

参考:ゼロ高等学院ホームページ


「勝ち組」とは何なのか

以前、このブログに誹謗中傷とも取れるコメントが付きました。

貧困は自業自得だと主張した記事に対し、以下の言い様。

・日本の自殺率が高いのは、あなたのような人間がたくさんいるから
・「努力で何とかできる」と言う人が未だに居るとは
・給料が低いのは実力のうち=奴隷根性剥き出しの卑屈な考え方
・日本のガンのような人
・あなたのような人はこの国に一番要らない
・あなたのような人はさっさと死ねばいい
・あなたの努力は大したことないね

今まで自分がやってきたこと・努力してきたことが全否定され、腸が煮えくり返りそうな思いでしたが、冷静になって何度も読み返すと「こういう考え方もあるのか」と思えるようになりました。

「じゃあどうすれば良いのか」という私の疑問には一切触れていないコメントだったので、きっとこの人は自分が取ってきた選択にコンプレックスを抱いていて、世間で言う「勝ち組」に噛み付いているだけのような気もしますが。

ただ、私が自身で転職することを決意した後だったとはいえ、このコメントは「勝ち組」とは何なのかを考えさせてくれます。今まで私が考えていた勝ち組は、資本主義社会で富を手に入れた人たちでしたが、必ずしもそういう訳ではない、と。

私自身、富を手放して自分の興味のあること、やりたいことを追求して転職することにしました。世間でいう勝ち組からは脱落しますが、自分が選んだ道が結果的に最良なのであればそれは幸せなことであり、別に勝ち組である必要はない。


人それぞれであれば良いし、他人はそれをとやかく言う筋合いもないのです。

今までの変な洗脳やしがらみから己を解き放ち、今、私は転職という形で人生において初めて自分の意思で自分の進む道を選んでいます。

家族を持つ身として重大な責任を負いながらも、一方で働くということに対して初めてワクワクした気持ちも抱いています。


同じようなモヤモヤを抱いている人に対し、この記事がほんの少しでも良いのでヒントやきっかけになれれば幸いです。


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